インターネット事業を扱うIT業界では、皆がエンジニアの採用に頭を抱えているようですね。その気持、僕もわかります…!新卒採用では鉄板だった逆求人イベントも競争が激化していたり、中途採用も分野によっては壊滅的に人が見つからなかったり。どこの担当者に話を聞いても、口を揃えて「うちも上手く行ってないです」といった具合です。
自分たちは一体どこが上手くいっていないのか?それを言語化することもまた、簡単なものでもありません。バシッと「○○が原因です!」なんて断定することも、このご時世では誰にでもできるようなことではないと思います。
ただし、課題を明らかにして継続的に改善し続けることならばできるはず。去年よりも今年が、そして今年よりも来年は、もっと効果的な採用活動ができていると、そう言える改善の仕掛けは作れると僕は考えています。そこで今回、AIDA(アイダ)というマーケティングモデルを応用してみた事例を紹介します。
エンジニア採用とマーケティング!?
AIDAというのは、顧客がブランド・商品に注意を傾けてから、購入するまでの一連の流れの中で、どういう接点を持っていくのかを戦略的に決めていき、また阻害する要因を潰そうとする古典的アプローチです。
以前、僕はマーケティング商材を新規開発する仕事をしていたのですが、その際にはAIDAを営業活動に役立てていました。お客さんに対して「この広告商材はこういうシーンで使うと効果的なんですよ」という、商材へ説得力を持たせるために活用していたものです。
一見すると無縁にみえるエンジニア採用という分野においても、十分応用が可能にみえます。技術カンファレンスや勉強会を開催したり、技術ブログを運営してみるなど、さまざまなマーケティング活動が存在しますが、これらもまた「どういうシーンでどのように使うと、より効率的に成果が得られるのか」ということを明らかにしてくれます。
このようなツールは、コンサルのような人たちがそれっぽい説明をするために使いそうだし、「絵に描いた餅になるのでは」と非難されることもあります。
なので本記事では、今すぐでも始められそうなぐらいに具体的に、また事例を元にイメージが持てるようにしたりと、現場目線強めで解説していきたいと思います。
1. 計測する
まず最初に必要なのは「計測」の仕組みです。エンジニアが企業に出会い、そして入社を決定するまでの過程を明らかにしていきます。AIDAは顧客のきめ細やかなプロセスを可視化しようとしますが、それをいきなり現場で使うのはハードルが高いと感じられるでしょう。初めての人は簡略化が大事ですね。
僕の経験則としては、以下の小ささからはじめてみるのがバランス良く感じています。
- 過去2年に入社したエンジニア全員にアンケートをお願いする
- Googleフォームを使ってサクッと作る
- 人数が5人を切るなど少ない場合にはインタビュー形式にする
- アンケートの内容は以下の3つに絞る
- a. 会社・社員を知ったきっかけ(Attention & Interest)
- b. 入社を決めたきっかけ(Desire & Action)
- c. この会社を選んだ理由
aとbについては、解像度の高さが重要です。「技術勉強会」「技術カンファレンス(RubyKaigi / Go Conference)」「ブログ」のような野良っぽい活動から、「インターンシップ」「逆求人イベント」のような公式感のある活動まで網羅的に書くよう意識してください。また、ブログや勉強会であれば、具体的にどの記事・第何回が良かったのかを記載してもらえるように気を払いましょう。
cは、人事業界で「労働価値(もしくは「労働価値観」)」と呼ばれているようです。「入社理由 ランキング」でググってみると、似たような分類のものがでてきます。「自己成長・キャリア」「社風・社内の雰囲気」「企業ミッション・事業の魅力」「給料の高さ」といった項目ですね。いったんはこれをざっくりと10-15項目ぐらい埋めてみて、3つぐらい選んでもらえるような形にすると良いでしょう。
こちらにサンプルを置いています。コピーしてご活用ください。
たいしてボリュームの無いアンケートではありますが、これが実に多くの示唆を与えてくれます。過去に一度もこのようなアンケートを行ったことがない組織であれば、経営側が想像している採用イメージや、現在すでに行っている活動との間にギャップを、はっきりと認識することができるでしょう。
継続的に状況を把握するため、アンケートを入社時のオリエンテーションに組み込むなど、ルーチン化させてしまうとよいでしょう。また、入社を辞退した人にもアンケートを行うようにすれば、より網羅的に問題点を把握することができるでしょう。
2. ギャップをみつける
アンケートの結果について分析してみましょう。
「a. 会社・社員を知ったきっかけ」は、現段階でまだ企業の存在を知らない人たちに、何を通じてどれだけアプローチできているのかを知ることができます。エンジニアが使っている技術であったり、事業が対象としている業界であったり、どんな軸から認知を広げていったのかを把握する材料になります。採用イベントやエージェント経由で入ってきたような人でも、実は勉強会やカンファレンスへの参加者であり、しかもそれがきっかけになって応募していたということも決して珍しくありません。これはあまり見落とせない傾向に思います。
一方で「b. 入社を決めたきっかけ」は、すでに企業のことを知っている人たちが、入社の決定打となった要素をあらわにします。選考プロセスに乗った人、内定をもらっている状態の人、そういった方々が納得感を見つけていくための情報、もしくはコミュニケーションです。これについては、長くやっていると「オウンドメディア・ブログが過半数以上」という状態へ最適化されていく印象を僕は持ちます。そのパフォーマンスの高さに、多くの方が驚かれているように思います。
このaとbがどのような状態であることが理想なのか。そのギャップを知るきっかけが、「c. この会社を選んだ理由」になります。社員として仕事する人なら、誰しも何かしらの不満を会社に対して抱いたことがあるかと思います。「なぜこんな不自由なマシンで作業を強いられるのだ?」「子育てにはこの職場は不向きだ!」といった、労働環境で重要視したいことの不一致により起こりうる問題です。
理想的には「すべての労働の課題は解決するのが良い」と考えられがちですが、現実はそうもいかないようです。2020年にちょとした話題になっていた上村 紀夫 (著)『「辞める人・ぶら下がる人・潰れる人」さて、どうする? 』にも、次のようなことが書かれています。
世知辛いですね…!スキルや考え方のダイバシティは高い方が良いのですが、労働価値に対する個々の想いには偏りがあるほどよいそうです。
本当は「企業のミッション」に惹かれた人に偏って欲しいのに、そういう理念がブログを通じて全然伝わってこなかったり。「成長やキャリア」を重んじた社員に偏って欲しいのに、そういうメディアには全く露出していなかったり。このようなギャップを、既存のマーケティング活動の中から発見していくことになります。
3. 改善する
先にも述べた通り、労働価値についてはどれに偏るべきかを決める必要があります。現状はどうなのか、経営としてはどういう状態を目指したいのか、このあたりのバランスをみながら直近の改善のあり方を考えます。ただしここでは、マーケティングメッセージだとか、ブランディングだとか、そこまで小難しいことを考える必要はないと僕は考えています。
例えば、「企業・事業のミッション」に共感する人を集めていきたい、という要求があったとします。
だとするなら、オウンドメディアにはより企業・事業のミッションを感じられるような記事を増やす必要があります。デジタルマーケティングの知識があるならば、プロに頼んでブログに記事を書いてもらい、Twitter広告に5万円分ぐらい流してみるといった模索もできるでしょう。まったくわからないなら、「はてなブログメディア」みたいなオウンドメディアソリューションに頼るのも手です。
僕の過去の事例から紹介してみます。例えばピクシブでは、技術ブログ「pixiv Inside」を2017年にリニューアルした際、「事業」や「企業風土」が扱えるカテゴリーを追加し、寄稿者(つまり社員)の顔が見えるプロフィールが表示されるようにしたものでした。これは当時の経営者が、企業ミッションや会社のカルチャーに共感する人たちを採用していきたいという想いを持っており、その気持ちを汲んだものです。その後、僕以外の人がブログをリニューアルしたのですが、今では技術に限定されないブログへと発展しています。
勉強会やカンファレンスの路線も、難しい技術に偏ったものというよりも、多少難易度が低くても事業ドメイン固有の技術的課題に目を向けたものに変える、というのが考えられます。また、事業開発者を技術のフィールドに引き込むというアプローチも有用です。
前職のピクシブでは、2020年は技術に偏った「Tech Conference」を開催していましたが、企業・事業ミッションへの共感に軸を寄せるため、2021年は「Dev Conference」という事業を中心としたイベントへとリデザインしました。
僕が関わってきたこれらのアプローチは、後のアンケート結果から無視できないほどの影響力を持っていることが発覚したのですが。採用は効果が見えるようになるまで、最短でも1年、遅くても3年ぐらいかかるものです。計画化・予算化したいと考えると、どうしても中長期で活動を捉える必要があるように思えます。
個人的なオススメとしては、毎年積み上げる採用人数の計画とは別に、改善対象は個別のKPIを持つのが理想と考えられます。採用文脈とはやや違う、マーケティング観点で扱うのも良いでしょう。僕が少しだけお手伝いしたいくつかの企業も、この方法が採択されていました。
例えば、ブログであれば「企業ミッション系の記事が○件、合計○シェア」とか、そういう短絡的なものでもいいでしょう。カンファレンスであれば参加者アンケートの結果「エンジニアが○名」だけでなく「企業ミッションに共感できたという回答者が○%以上」といった、ブランド観測の要素を入れ込むのも良いと思います。
そしてこれらは、ブログ、勉強会、カンファレンス、インターン、さまざまな活動に対して、どういう予算・人的リソースを割り当てていくのかを、アンケートから得られた分布から自社の得意・不得意を見極め判断していくことになります。離脱の阻害要因として一番大きいことに集中していく、そういうポートフォリオを作らないと、無限にいろんな活動を求められただただ忙しい状況に追い込まれるように思えます。
エンジニアに技術以外の話をすべきなのか?
最後に重要なことをお伝えします。エンジニアというのは、技術だけのことを考える人だと、そう捉えられがちです。特に技術出身ではない方の多くが、そのように考えがちです。実は僕なんかもエンジニアであるにも関わらず、それでいいと思い込んでいた時がありました。
しかしそのことに対して、尊敬する経営者が僕にこう言いました。
「それはお前自身がエンジニアをリスペクトできていない」
事業に共感して欲しいなら、堂々と技術カンファレンスで事業の話をすればいい。お前達が必要としているエンジニアなら、ちゃんとそれに共感してくれる。あいつらがそんな話をつまらないとか、そんな風に思われると不安に感じているなら、それはお前自身がエンジニアのことをナメていると、そう言われたんですね。そういえばエンジニアである僕自身も、事業の話が聞きたいと思っていた!そんな気づきを得たものです。
それなりに腕が良いエンジニアを抱えていると、現場から「勉強会をしたい」「技術カンファレンスを開きたい」「○○にスポンサーしたい」といった意見が出てくるものです。これは教育コストなんだと都合がいい理由を持ち出して、なんとかその場をやり過ごすという対応も割とよく耳にします。採用は効果があらわれるまで数年を要するため、その効果を把握すること自体諦めてしまうというケースも決して少なくありません。
しかし今後、各社のエンジニア争奪バトルはさらに激化する予想できます。貴重な提案を無駄にしている場合でもありませんね…!
常にフィードバックを得て、採用プロセスを改善し続けることが求められるでしょう。しかも数年レベルで、トレンドも大きく変化します。そんな中、僕自身も、世にいるVPoEや採用チームのツワモノたちと切磋琢磨したいと思います。結果としてそれは、エンジニアにとって最高の仕事の場を提供できると僕は信じています。
よろしければ、みなさんのご意見も聞かせてください!それでは!