ふろしき Blog

コンテンツサービスを科学する株式会社ブートストラップ代表のブログ

企業にモバイルを適用する方法「MEAP」の全貌を掴む(3) - SAP Mobile Platform編

企業にモバイルを導入するにはどうすればよいか?・・・その答えとして、2012年ごろから注目を集めているのが、「MEAP(Mobile Enterprise Application Platform)」と呼ばれるモバイルファーストな製品群です。

本連載は、IBMやSAP、Senchaなど、複数の企業が提供しているMEAP製品を少しずつ味見して、MEAPとは一体何なのか、企業のシステムの何を変えようとしているのか、その全体像を掴んでみようという企画として始めてみました。第3回の今回、そろそろ本質みたいなのが見えてきてもいい頃でしょう。

さて、今回探りを入れるのは、製品ベンダ「SAP」です。彼らが、MEAPに対してどのようなアプローチを試みているのか、探ってみましょう。前回紹介したSenchaはいわゆる、フロントエンドのリッチ化、HTML5によるSPA(Single-page Application)のテクノロジーで高い価値を提供している製品ベンダでした。彼らは言うまでもなく、フロントエンドに閉じた表現力、ポテンシャルの向上で勝負に出ていました。

しかしSAPは、いわゆるビジネスパッケージの製品ベンダ、彼らのビジネスはサーバ側での価値提供にあります。全く真逆を行くわけで、同じMEAPという枠の中でどういう面白さを追求しているのかが気になるところです。

SAPのMEAP製品が実現したいこと、彼らが企業向けシステムで実現したいことは何か?

少し歴史を振り返ってみましょう。SAPは2010年5月にSybaseを買収し、その2年後の2012年6月にはSycloを買収し、企業向けモバイルのノウハウを得ています。2010年の買収は、他の大手ベンダに比べると比較的早い段階です。ガンガンと買収を繰り返し製品を繋ぎ合わせ、「Mobile Platform」と呼ばれるMEAP製品をリリースするに至っています。そして2013年の秋に、彼らはMobile Platformのバージョン3.0をアナウンスしました。

しかし、その中身を覗くと、これまで出していたものとはまるで別物かのように姿を変えていました。エンタープライズモバイルは、今まさに技術革新の真っ最中ということもあり、かなり混沌としています。当然、SAPのMobile Platformも例外でなくまさに進化の真っ最中で、マニュアルの日本語化もなかなか追い付いていないことから、中の人的にもフルパワーで走っているのだろうということが想像できます。

繰り返しますが、IBMにせよOracleにせよ、企業向けモバイルソリューションは、大雑把に似たような機能を持っています。良い機能はみんな互いにマネしあって、コモディティ化が進んでるわけです。MDM(モバイルデバイス管理)やHTML5(ハイブリッド開発)、アクセス管理などが代表的でしょう。ただ、同じような機能なのにも関わらず、どの製品ベンダもMEAPという表現をあまり好んで使いません。そこには、製品の良さ・差別化されている点を強調したいという狙いがあるようです。

Oracleは「モバイル開発フレームワーク」なんて呼び方をします。対して、IBMは「エンタープライズ・アプリケーション・プラットフォーム」という表現を使っていたりします。MEAPをこれからどのように発展させて行きたいのかが、なんとなく理解できる呼び名になっていますね。

では、SAPはMEAPを何と呼んでいるでしょうか?彼らはMEAPを、「BYODソリューション」と呼んでいます。BYOD、すなわち、私用端末の企業内利用という面でのメリットを強く強調しているのです。欧米だとBYODはそれなりに浸透しており、私用で使っているようなモバイル上でも、社内システムにアクセスするだけのセキュリティ保護機能を必要としていたりします。SAPの製品は、こうしたニーズを狙ったものと言えるでしょう。

しかし、日本の場合、セキュリティ的に厳しく、BYODをそのまま実現できないことも多いようです。個人のモバイルを活用するというよりも、企業側が個人にモバイルデバイスの貸出を行うという流れに進んだようです。となると、BYODという言葉は、「プライベートな場に持ち出すような端末でも、安全に使えるほどにセキュリティを堅牢にできる」という意味合いで、使われるのが妥当に思えます。

f:id:furoshiki0223:20150204171758j:plain(SAPジャパン 井口 和弘「企業におけるHTML5を用いたスマートデバイス向けアプリ開発」より)

止まない、オープン技術の侵食

Webアプリのフロントエンド、HTML5やJavaScriptライブラリにはオープンソースの文化が根付き、ベンダロックインを激しく嫌う傾向にあります。JSライブラリあたりは特に、基本はOSSであることを望む傾向にあるようです。仮に有償の製品であっても、jQueryなどのOSSとの親和性が高いことを望む傾向にあります。

また、MEAPが目的とするところの「モバイル対応」についても、企業はあまりそこに予算をかけられないという課題があります。それこそ、新しくビジネスを作り、そのためのシステムを作ろうというのであれば予算がつくかもしれません。しかし、既に動いていて、ビジネス的に安定の時期に入っているようなシステムに追加予算を出すのは難しいというのが、多くの現場にとっての悩みなったようです。こうした背景から、営業力を高める上で「既存資産の流用」を望む声に答えるのが、重要な命題となりました。つまり、極力はHTML5に準拠したブラウザのような、オープンプラットフォームであることを追求するようになったのです。

SAPのMobile Platformはこのあたりの世の中のニーズを吸収してきた歴史が、はっきりと表れている製品だったりします。実はほんの少し前まで、UI周りをゴリゴリのベンダロックインさせ、プラットフォームも既存のWebシステムをそのまま流用させることを想定できていませんでした。しかしここ最近、特にMobile Platform 3.0からは「オープン化」を重要なテーマと捉え、様々な方向からオープンな技術との融合を狙っています。

例えば、Mobile Platformの一部をOSSとして公開したり、プロトコルにODATAを採用したり、既存のWebアプリをそのまま移植できるようにコンテナの汎用性を高めるなど、着々とオープン化を進めています。SAPと言えば、コテコテのベンダロックインな製品という印象が強かったりしますが、MEAPに関して言えば、出来る限りそうならないよう最善の努力を行なっているように見えます。

SAPからみると、オープン系の色が強い今のWebのフロントエンドはそれだけ異質に見えるのかもしれません。しかし、昨今のマイクロソフトもそうですが、OSSの普及で無償であることが前提のソフトウェア製品でどう儲けるかという、OSS前提のビジネスモデルの検討も進めていかなくてはいけません。そのことに、彼らは苦戦しているようにも見えます。

f:id:furoshiki0223:20150204171759j:plain(SAPジャパン 井口 和弘「企業におけるHTML5を用いたスマートデバイス向けアプリ開発」より)

統合化されたツール

急激に買収を重ね、強化を重ねたモバイル向け製品は、問題を抱えることになります。彼らは、Sybaseの持つ「Unwired Platform」「Mobiliser」、Sycloの「Agentry」へ、SAPの「NetWeaver Gateway」と、3つの異なる企業の製品を短期間のうちに統合することが求められたため、ツールにややツギハギ感が出てしまいました。しかしそれも、進化の中で改善されたようです。

SAPの製品は、UI開発のツールからプラットフォーム、バックエンドまでトータルな開発が支援できるという特徴を持っています。これはIBMのWorklightでもできることではあるのですが、筆者の所感として、全体的なバランス感覚、バックエンドとの接続周りには比較的強いという印象を持っています。インフラジスティックスのIgniteUIもそうですが、汎用的な製品とエンタープライズ製品の間で差別化を図る際、この手のデータ変換系を充実化させるベンダ製品が多いように思えます。フォームや表の出力を主とする企業向けシステム固有の特徴に、合わせて行った結果そうなったということでしょう。

f:id:furoshiki0223:20150204171800j:plain(SAPジャパン 井口 和弘「企業におけるHTML5を用いたスマートデバイス向けアプリ開発」より)

さて、SAPはこのくらいにしておき、最後にIBM Worklightについて取り上げてみましょう。

▼ 目次

  1. そもそもMEAPとは?
  2. Sencha Space
  3. SAP Mobile Platform
  4. IBM Worklight

▼関連
モバイルで企業システムをどう変えようとしているのか、ベンダ4社を集めその価値を問います。夏サミ2014、私はモデレーターとして参加します。

このブログの筆者について

川田 寛

コンテンツサービスの開発や運営代行を専門とする集団「株式会社ブートストラップ」の社長です。ネットではふろしきと呼ばれています。

2009年にNTTグループへ新卒入社し、ITエンジニアとしてクラウド技術・Web技術の研究開発と技術コンサルティングに従事。2015年よりピクシブに入社し、エンジニアリングマネージャー・事業責任者・執行役員CCOなど、様々な立場からコンテンツサービスの事業づくりに関わりました。2021年にメディアドゥへVPoEとしてジョインし出版関係の事業に関わったのち、2023年に独立しています。

関わってきたインターネット事業としては、ECサービスのBOOTH、UGCプラットフォームのpixiv(主に海外展開)、制作ツールのpixiv Sketch、VR・VTuber関連ではVRoid、Wikiサービスのピクシブ百科事典など、10を超える多様なCtoCコンテンツサービス。また、NTTドコモのすご得コンテンツ、メディアドゥのWeb3サービスであるFanTopなど、いくつかのBtoCコンテンツサービスにも関わってきました。

幸運なことに、私はコンテンツに関係する幅広いインターネットサービスのテクノロジー&ビジネスの知識を得ることができました。これを日本のコンテンツ発展に役立てたいと思い、株式会社ブートストラップを創業しました。

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