マイクロソフトが提供しているブラウザ「Internet Explorer」の脆弱性問題がTVで大きく取り上げられ、Webの利用者へ混乱をもたらした事件から、約3ヶ月が経過しました。また、IEの重要な機能追加の発表があったマイクロソフト主催カンファレンス「Build 2014」からも3ヶ月です。長きに渡って人々から愛されたIE6のEOLからも3ヶ月。今思えば、2014年の4月は、IEの歴史を大きく左右する重大な事件の連続でした。
割と冷静さを取り戻してきたこのタイミングで、もう一度一連の事件の振り返るとともに、マイクロソフトがとった対応から、IEが一体どういうポリシーでこれからのWebを維持していくのか、その考えを読み取ってみましょう。
脆弱性問題を冷静にみつめてみると?
脆弱性の問題は、マイクロソフトに限らず多くの製品ベンダがよく起こしている問題です。ソフトウェアのバグや脆弱性が存在しないということは証明できないといわれ、これを「悪魔の証明」と呼び、防ぎようのないこととして扱われます。技術的な違いこそありますが、IEは今回の起こした脆弱性問題(#222929)の前にも、似たようなリスクを持つ脆弱性問題を何度か抱えたことがあり、近いものだと2012年(#480095)に起こしています。割とありきたりな事象です。絶対に起こさないを目指すと製品を世の中に出せなくなるので、リスクコントロールで調整していくものと言えるでしょう。
ところが、Windows XPのサポート終了直後だったこと、政治・経済が比較的静かなゴールデンウィーク中に起きたこと、あるいは、IE自体の知名度が高かったことが要因なのか、そのありきたりな事象が、TVで取り上げられる「事件」へと発展しました。彼らは、注目を集めることがビジネスであり、正しい情報を伝えることは必ずしも彼らにとっての利益とはなりえません。モラルの話はさておき、これはもうビジネスなので仕方がないでしょう。セキュリティ問題と同様、いつ起きてもおかしくないリスク、いわば事故のようなものです。
そして残念なことに、情報の本質が元のソースとはやや異なるものに歪められたその報道は、技術に詳しくない人の注目を集めるには十分だったようです。
元の情報:提示する対策ができないなら、Internet Explorerを使うべきではない ↓ TVでの報道:Internet Explorerを使ってはいけない
「使ってはいけない」これは確かに、強烈なインパクトですね。
マイクロソフトは、世の中的に騒がれた要因を少しでも取り除こうと、Windows Vistaや7、8.1だけでなく、既にサポートが終了してまったく面倒をみる必要のないWindows XPへも、無償でセキュリティパッチを提供しました。普通の製品ではあまり考えられない、異例の対応と言えます。例えるなら、貸しビルのオーナーが、耐用年数が過ぎたビルに家賃も払わずに住んでいる人のため、わざわざペンキを塗り替えてあげるようなものです。
あれから3ヶ月、IEはどうなったのか?
StatCounter Global Statsの統計情報を確認すると、4月の脆弱性問題は、国内でのIEのシェアが一時的にChromeに抜かれるという歴史的な事件に発展したようです。しかし今は、ペンキの効果があったのか、なんとか立て直してトップの座を奪い返しています。
一方で、グローバルな視点では、Chromeの影響力が高く、IE、Firefox、共に苦戦しているようです。短期的な問題は去ったかのように見えますが、長期的にはまだまだ難ありという状況にみえます。
世界的にはモバイル/タブレットがシェアを高めているため、高い影響力を持つAndroid版ChromeやiOS版Safariと、どう勝負していくかも求められています。コンシュマライゼーション(消費者向けの製品が企業で活用されるエンタープライズの一種の心理)が進む中、エンタープライズIT側への影響も無視できない重要な動向です。
一方で、Build 2014ではこんな動きが
2014年4月サンフランシスコにて、マイクロソフトはグローバル・カンファレンス「Build 2014」を開催しました。この中で、Josh Holmes氏が行なった講演「Internet Explorer as a Web Application Platform」で、興味深い発表がされました。
ここからは、彼の講演のダイジェストをお届けします。
"IE6カウントダウンというサイトの、2014年の2月の段階でのスナップショットを見てもらいたい。
世界的には、4.4%のユーザが未だにIE6を使っているという状況だ。しかし、アメリカでは0.2%であり、そこまで多くない。ほとんどが政府と企業だ。ノルウェイはなんと0.0%と小さく、もはや何の影響力も持たない。しかし、中国は今でも22.2%もあるため、中国を市場ターゲットとする場合は、IE6対応が求められるだろう。
一般的に、コンシューマー向けでは、1つのサイトに何百もの開発者が関わる。しかしエンタープライズの場合は、一般的に、千を超えるようなアプリに対して、少しのプールされた開発者が関わるなんてことがある。この会場にも、辛いと感じている人はいるよね?より良いパフォーマンス、より良いセキュリティ、より良い可用性を与えたいが、古いIT資産が足を引っ張る。
そこでエンタープライズモード(EMIE)だ。この機能を使うと、今あるIT投資資産を、タイムカプセルのように包み込み維持できる。そして新しいIT投資資産については、IEの持つ最新の機能を使うことができる。エンタープライズモードは、企業標準ブラウザのアップグレードの機会を与えるんだ。"
この2つのことから、何が読み取れるのか?
エンタープライズ・モードの登場で、なんだほら、古いIE向けシステム、まだまだ延命できるじゃないか!なんてほっとしたのが世間的な評価でしょう。ただ、私としてはそこに注目して欲しくありません。よくよく考えてください、IE6の次はIE8?いえいえ違います、IE7もまだ延長サポート期間であり、決して無視はできません。素直に考えるなら、IE7の保護を考えるべきなのに、彼らは明確に「IE8を暫定的に守る」と言っています。
つまりどういうことか?表向きはN+1サポートとか言っていた彼らですが、Josh Holmes氏の講演では明確に「みんながIE8を使っているみたいだから、IE8向けシステム守ろう」と主張しています。脆弱性騒動もそうだったはずです。「世の中が気にしているから、例外的にWindows XPも守ります」という姿勢でした。実はマイクロソフトという会社は、昔から世の中の評判というのを非常に気にする体質の企業で、そこに過剰なほどにエネルギーを注ぎます。世間の評価を気にするのは、企業として普通のアクションなわけですが、このあたり興味深い動きに思えます。
彼らはサポート期間云々よりも、まずIEのユーザがどういう状況に陥っているのか、そこを大切にするのです。エンタープライズのマーケットにIE8が高いシェアを獲得している間は、彼らはきっとIE8特化のレガシーな資産を丁重にあつかってくれることでしょう。しかしご存知の通り、グローバルな視点では既にIEの影響力は日に日に弱くなっていて、そのことがどう作用するか油断できないという状況であることも認識すべきでしょう。
逆の見方をすれば、良い所もあります。WebRTCとかWebComponentsとか、マイクロソフトのエコシステム的に手を出しにくいWeb技術はいっぱいあるのですが、案外世の中が「欲しい欲しい」と強く主張すれば、なんとかなるのかもしれません。Windows 7世代(主に2020年まで)は、IEに限らず色んな技術が揉まれて不安定なので、世の中の動向を慎重に見たり、自分たちのビジネスにとってどんな価値が求められるのかを強く主張することは、割とインパクトがあるのかもしれませんね。
余談ですが、「マイクロソフトよ、企業向けだとこれを実装してくれると凄く助かるんだが・・・」と伝える場所は、あるにはあるので試してみてはどうでしょう。Web標準とかでなく、単純に「あれ欲しい!すごく重要!」みたいな直感的なノリでも、「俺たちチャレンジャー企業に戻ってしまった!まじ◯oogleさんに負けてられんほど、Webを変えていくよ!!」的な感じで語る今のマイクロソフトなら、割と真摯に聞きそうな気がしています。(日本語で書いたら、誰かが気を使って英語に訳してくれるはず。MS日本チームさんが!)