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誰がデブサミに行くべきか?中の人が2年目を終えて

突然「デブサミのステアリングコミッティにならないか?」なんて言われ、2013年の年末、私は四谷三丁目へと向かいました。つい最近のことみたいに思えます。

ステアリングコミッティとは何か?一言で言うなら、翔泳社主催のカンファレンス「Developers Summit」で発信する、コンテンツを考える人たちの集まりです。「エンジニアだったら、これイケてると思うよな!」なんてものを、公募した中から探したり、知り合いコネを使ってお願いしたりもします。少しぐらいチャレンジしたってかまわないのでしょうが、それでも4,000人弱の来客があるイベントなので、そこにしっかりとハマるコンテンツを探っているようにみえます。

さて、当時。打ち合わせの現場に行って、やはり思ったのは「なぜ俺が?」でした。有名なセキュリティコンテストの中心人物から、パブリッククラウドエバンジェリストJavaコミュニティを支える重鎮まで、明らかに日本のエンジニアリングに大きな影響を与えているであろう人たちばかりがそこにいるわけです。私はなんて、いろんな人達の協力を得てなんとかギリギリ勉強会を開けるレベルです。むしろ、足を引っ張りまくっているような勉強会主催なわけで。それがなぜ、このような場に読んで頂けるのか?本当に、色々と考えさせられました。

ステアリングコミッティになって変わったこと

私は学生時代、ワクワクしながら技術書を読み狂っていました。月に何十冊、下手したら百を超えていた本の虫になっていた時期もあります。いわゆる「コンピューターオタク」というやつです。IT企業なんかでは、窓際族まちがいなし路線なわけです。

そんな私が、入社して最初に教えられたのは「酒の場で仕事の話をしちゃだめ」でした。仕事の話?ああなるほど、技術と書いて「しごと」と読むのか、っと。空気中を流れる情報なんてのは、Wiresharkのpromiscuousモードじゃないと読み取れないものと思っていた私にとって、そんな空気の読み方があるものかと、キャプチャリング手段の差に大きな衝撃を受けたわけです。…いや、さすがにちょっと言い過ぎた感がありますが、少なくともこんな寂しい体験をしたことある方は、どこのIT企業にもいるのではないでしょうか。

そんな、世の中的にはあまりいい印象として受け取られないオタクではありますが、私個人の人生の充実度としては決して悪くもないわけでして。本を読むうちに「技術はなぜ、同じ歴史を繰り返しているのだろう?」と考える癖がついたことは、自分の人生にとって非常に大きいことだと思っています。さすがにこれだけ関わりが続くと「ITに全く同じ歴史なんて何一つねぇよ!」なんて気付いてくるわけですが、素人心とはいえ「2年後はどうなっているだろう?」なんて妄想にふけるようになり、それが趣味になり、そしてライフワークに変わったことは、良かったことだと思っています。

そして一年前、私の未来妄想癖がなぜか編集者の目に止まり、Software Design(技術評論社)で似たような趣旨の記事を寄稿させて頂きました。2014年を予想する!なんてテーマだったわけで、本当ならここでどこかのアナリストみたいな口調でズバズバ当てていくのが一番カッコイイのでしょうが、残念なことに予想は大きくハズレました!例えば、昨日Pointer EventsがW3C勧告になったわけですが、当時もそこに期待していて「PEもW3C勧告が近いし、ブラウザの入力はこれからもっともっと大きく変化するよ!」なんて、修正もきかないような紙媒体にドヤ顔して書いた。しかしその半年後、Googleが「おれたちそっちには興味持てない、タッチ系の進化に期待するわ、ごめんなさい!」とか言い出し、ふりだしに戻るという、真逆の結果に。

そんな、驚愕のヒット率で定評のある私の未来予想(妄想)も、ステアリングコミッティになったことで、成長が求められるようになりました。正確には、成長しないとマズい感じになった、といったところでしょうか。勉強していなかったらすぐに見抜いてしまうような猛者がいる中、それでもって失敗したら来場者数が減ってしまうかもしれいというプレッシャーなんかもある中で、「いやいやー、ITってこう面白くなるとおもうのだけど!」と妄想をぶちまけるというのは、結構根性がいるわけでして。最初の1ヶ月の間は「こりゃキツイなぁ」なんてことを思ったりもしました。

ただ、慣れるとこれまた面白い。先輩も尊敬できるような方ばかりだし、むしろロールモデルなんかも出てきたりして。自分の生き方に、大きな影響を与えてくれるわけです。そんなことをしていると、オタクとして生きるのもそんなに悪いものじゃないなぁなんて考えるようになりました。面白い人達と会っているうちに、開き直るとかではなく、ポジティブに前を向かないといけないなぁと、そんなことを思うようになりました。

誰のためのイベントなのか?

「イベントは参加者のためにある」というのが私の考えです。スポンサーがいる場合は、彼らが主人公になり得るようなことがあるかもしれないけれど、少なくとも主催者側は主人公にはなり得ない。参加者が楽しんだり、何かを持ち帰えることができたり、そういう前提が無いとイベントは成り立たない。主催者の自己満足に突き進むというのもありだと思いますが、規模が大きくなってくると、ボランティアだけでは成立しないところも出てくるので、参加者にとっての意義を真剣に考えなくてはいけないでしょう。

デブサミについても、私なりに真剣に考えてきました。このイベントは一体誰のために開いているのか?それは、間違いなく「エンジニア」なわけですが、そのエンジニアが「持ち帰るもの」が、他の企業主導のカンファレンスとはちょっとばかり異なる特徴を持っていると思っています。

よくある企業主導のカンファレンスは、あくまで「技術」をテーマとすることが多いはずです。純粋に、技術を得て、技術を楽しんで、がメインです。一方でデブサミは、技術だけじゃなく、技術を扱っている人間や生き方にも目を向けるといった、人間臭さを大切にするイベントと感じています。技術が好きな野郎、一般社会で「技術オタク」と呼ばれる人間の熱なんかも大事に持ち帰る人がいるわけです。長年運営してきた中で、自然にそうなっていったのでしょう。来場者がそういうものを求めた結果、そこにどんどん最適化していったんだろうと、そう思うのです。

よくよく考えたら、このイベントの名前、「Developers」が「Summit」なわけで、最初から人間側に目が向けられているんですよね。そりゃそんなイベントになるよなぁと、今更ながら納得させられます。会社で生きにくいなぁなんて思っている皆様、これからITはどう変わっていくのかわくわくが止まらないなんて妄想をされている方、デブサミに来てみてはいかがでしょうか。そういう人を満足させられるよう、私なりに創意工夫をしてみますので、ぜひお越しください!(そして失敗してたら、笑ってやって下さい!)

…ちなみに私、デブサミが終わった直後に30歳となりました。30歳、、まじかー、ついにおっさんになりましたよ。周りには「時間はまだまだあるからゆっくり考えればいい」なんて言われますが、不思議とそんな気にはなれず、むしろゆっくりしたら負けな気がしてなりません。さて、私は5年後も、エンジニアとしてこのイベントに来ることができるのでしょうか?とても心配です。

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